卓球日本代表のエースとして世界の舞台で活躍する張本智和選手。中国の強豪選手と対戦するたびに注目されるのが、本人の国籍や中国との関係、そして両親の出身地です。張本智和選手は2003年に宮城県仙台市で生まれましたが、出生時は日本国籍ではなく、中国にルーツを持つ家庭で育ちました。2014年春には父・張宇さん、妹・張本美和さんとともに日本国籍を取得しています。
一方、母・張凌さんは2014年の国籍取得時には中国のパスポートを保持していました。しかし、2026年現在の公式スポーツプロフィールでは「張本凌(JPN)」と表記されています。家族全員が同じ時期に帰化したわけではない点や、母親の現在の法的国籍と変更時期については、過去の報道と最新の公式情報を分けて理解する必要があります。
【出生時は中国籍】張本智和は仙台生まれなのになぜ中国国籍だった?

張本智和選手は2003年6月27日、宮城県仙台市で生まれました。父親は張宇(チャン・ユー)さん、母親は張凌(チャン・リン)さんで、どちらも中国四川省出身の卓球選手です。
父親の張宇さんは中国四川省の卓球チームで活動した元選手で、母親の張凌さんも中国ナショナルチームに所属していました。特に母親は1995年の世界卓球選手権に中国代表として出場した経歴を持っています。
つまり、張本智和選手は中国の卓球文化を背景に持つ両親のもと、日本で生まれ育った選手です。
日本生まれでも自動的に日本国籍になるわけではない張本智和選手の国籍を理解するうえで重要なのが、日本の国籍制度です。
日本の国籍法第2条では、原則として出生時に父または母が日本国民であることなどが、日本国籍を出生によって取得する条件として定められています。日本国内で生まれたという事実だけでは、必ずしも日本国籍を取得できません。
張本選手の両親はともに中国出身で、出生時に日本国籍を持つ親はいませんでした。そのため、仙台生まれでありながら、出生時は中国籍だったと報じられています。
2018年の日刊ゲンダイの取材記事でも、張本選手が中国籍から日本国籍を取得した経緯が紹介されています。
中国の卓球文化に囲まれて育った幼少期張本選手が初めて卓球のラケットを握ったのは2歳の頃です。両親が仙台で卓球の指導をしていたため、幼い頃から卓球場が身近な生活環境にありました。
公益社団法人日本中国友好協会の2019年のインタビューでは、本人が、両親の卓球場で遊べる環境にあったことや、小さい頃から試合をすることが好きだったことを振り返っています。
小学1年生で全日本卓球選手権大会のバンビの部を制し、その後もカブ、ホープスなどの年代別カテゴリーで活躍。小学生時代に6連覇を達成するなど、早くから突出した才能を見せました。
中国にルーツを持ちながら、日本の仙台で生活し、日本の卓球環境で実力を伸ばしてきたことが、張本選手の競技人生の出発点です。
【2014年春に帰化】父・張宇さんと妹・美和さんも日本国籍を取得した理由
2013年8月に帰化申請、2014年3月に日本国籍取得張本智和選手の帰化について、具体的な経緯を伝えているのが2018年4月の日刊ゲンダイの連載記事です。
同記事によると、智和選手と妹の美和選手は2013年8月に帰化申請を行い、2014年3月に日本国籍を取得しました。父親の張宇さんも子どもたちとともに日本国籍を取得しています。
このとき、家族3人は従来の「張」姓から「張本」姓へ変更しました。
したがって、2014年春の国籍変更については、次の3人が対象となります。
- 父親:張宇さん(張本宇さん)
- 長男:張本智和選手
- 長女:張本美和選手
なお、母親の張凌さんはこの3人と同時には日本国籍を取得していません。
帰化の理由はオリンピックだけではなかった張本智和選手の帰化理由として、よく挙げられるのがオリンピックで日本代表として金メダルを獲得するという夢です。
日刊ゲンダイの取材記事によると、智和選手が小学3年生の頃、父親にオリンピックで金メダルを取りたいという意思を伝えたことが、家族の決断につながりました。
ただし、帰化には競技環境に関する具体的な事情もありました。
当時のJOCエリートアカデミーへの参加には日本国籍が条件となっており、全日本卓球選手権への出場にも国籍上の条件が関係していました。日本国内で競技者としてさらに成長するためには、日本国籍の取得が重要な意味を持っていたのです。
また、智和選手自身が仙台で生まれ育ち、友人や生活基盤を日本に持っていたことも、家族の決断を後押ししました。
「中国を捨てた」という単純な話ではない張本選手の帰化をめぐっては、中国から日本へ移ったことを理由に、国籍変更を感情的に評価する意見もあります。
しかし、家族の経緯を見ると、単純に中国と日本のどちらかを選んだという話ではありません。
両親は中国で卓球選手として活動した後、日本で指導者として生活を築きました。智和選手は日本で生まれ、日本の学校や競技環境で成長しています。
本人が育った場所で日本代表を目指したいと考えたことと、競技者としての将来を考えた家族の判断が重なったのが、2014年の帰化だったと整理できます。
【家族の来日理由】父・張宇さんと母・張凌さんはなぜ中国から日本へ移住した?
1998年に中国四川省から仙台へ張本智和選手の両親が日本へ来たのは、智和選手が生まれる前の1998年です。
2018年12月に掲載された新浪体育の張宇さんへのインタビューでは、夫婦が卓球教室の指導者として宮城県仙台市に来日した経緯が紹介されています。
ここで注目したいのは、両親が最初から日本に永住することを決めていたわけではなかったという点です。
張宇さんによると、当時の中国の卓球選手にとって、現役を退いた後に海外で卓球を教えたり、新しい経験を積んだりすることは珍しいことではありませんでした。夫妻は日本に来る前にヨーロッパやイタリアにも滞在していたといいます。
その後、1998年に仙台で卓球の指導に携わるようになりました。
日本に生活の拠点を移した背景張宇さんのインタビューによれば、当初は中国四川省へ戻って指導者として活動する予定もありました。
しかし、日本は中国に近く、帰省しやすいという利点がありました。また、ヨーロッパでの生活と比較して、アジアの生活文化になじみやすかったことも、日本を選んだ背景として語られています。
加えて、海外生活が長くなるにつれて生活の中心が日本へ移り、子どもたちが生まれたことで、その傾向は一層強くなりました。
家族が来日した理由と、2014年に日本国籍を取得した理由は、時間的にも目的の面でも別の出来事です。
1998年の来日は卓球指導と海外での生活経験が出発点であり、2014年の帰化は、子どもたちの生活基盤や競技活動、将来の目標を踏まえた決断でした。
父・張宇さんはどんな人物?張宇さんは元中国四川省チームの卓球選手で、現役引退後は指導者として活動してきました。
息子の智和選手に卓球を教えた人物でもあり、競技人生の初期を支えた存在です。
また、2016年には張本卓球場の設立にも関わり、仙台を拠点とする卓球指導を続けています。
張本選手が小学生時代から結果を残した背景には、家庭の中に本格的な卓球指導環境があったことも大きく関係しています。
母・張凌さんも中国卓球界で活躍した元選手母親の張凌さんは、1995年の世界卓球選手権に中国代表として出場した実績を持つ元選手です。
中国の卓球界で経験を積んだ後、日本でも卓球の指導に携わりました。息子の智和選手だけでなく、娘の美和選手の競技活動も支えてきた人物です。
日刊ゲンダイの取材では、智和選手がJOCエリートアカデミーへ進む際、母親が本人の生活環境や親元を離れることを心配していた様子も紹介されています。
母親自身も幼少期から寮生活を経験していたため、息子を遠くへ送り出すことには複雑な思いがあったようです。父親が同行することを条件に、東京での活動を認めたというエピソードも伝えられています。
【家族4人の国籍を比較】張本智和・父・母・妹の現在は?
張本家の国籍について混乱が生じやすい理由は、家族全員が同時に帰化したわけではないことと、母親の現在の国籍情報に過去の報道と新しい公式プロフィールとの違いがあることです。
ここでは、2014年の国籍取得時点と2026年に確認できる情報を分けて整理します。
| 人物 | 出身・経歴 | 2014年の国籍変更 | 2026年時点の情報 |
|---|---|---|---|
| 張本智和 | 2003年、宮城県仙台市生まれ。父母は中国四川省出身 | 2014年3月に日本国籍取得 | 日本国籍。日本代表選手 |
| 父・張宇(張本宇) | 中国四川省出身。元四川省チーム選手 | 智和・美和とともに日本国籍取得 | 卓球指導者。公式プロフィールでJPN表記 |
| 母・張凌(張本凌) | 中国四川省出身。元中国ナショナルチーム選手 | 当時は中国のパスポートを保持 | 公式スポーツプロフィールではJPN表記。法的な国籍変更年月日は公表情報から特定できない |
| 妹・張本美和 | 2008年、宮城県生まれ。卓球選手 | 2014年3月に日本国籍取得 | 日本国籍。日本代表選手 |
この点は、検索結果だけで判断すると誤解しやすい部分です。
2018年12月の新浪体育による張宇さんへのインタビューでは、2014年3月に父親と子ども2人が日本国籍を取得した一方、母親の張凌さんは中国のパスポートを保持していたと明確に説明されています。
そのため、「母親も2014年に家族と同時に帰化した」という説明は正しくありません。
一方、2026年現在、卓球用品メーカーのバタフライが公開する公式プロフィールでは、母親は「張本凌(JPN)」として掲載されています。また、日本卓球協会の2026年度後期強化スタッフにも、張本凌さんがコーチとして登録されています。
ここで注意したいのは、スポーツプロフィールのJPN表記と、戸籍上の国籍取得年月日を同じものとして扱わないことです。
現在の公式スポーツプロフィールでは日本の所属・国籍コードが確認できますが、母親が法的にいつ日本国籍を取得したのかを具体的に示す公表資料は確認できません。
したがって、正確な整理は次のとおりです。
- 2014年3月時点では中国のパスポートを保持していた。
- 2026年の公式スポーツプロフィールではJPN表記となっている。
- その間に法的な国籍変更があったのか、また取得時期がいつなのかは、公開情報だけでは断定できない。
「母親は現在も中国籍のまま」と断言するのも、「2014年に家族と一緒に帰化した」と説明するのも、現在確認できる情報とは一致しません。
妹の張本美和選手も日本国籍妹の張本美和選手は2008年6月16日生まれで、兄と同じく宮城県で育ちました。
2014年3月、兄と父親とともに日本国籍を取得しています。
現在は日本代表の主力選手として活躍しており、2024年パリオリンピックでは女子団体の銀メダル獲得に貢献しました。
2026年度の日本卓球協会女子ナショナルチームにも選出されており、Tリーグの公式選手プロフィールでも国籍・出身地は「日本/宮城県」とされています。
兄妹ともに日本で生まれ育ち、日本国籍を取得して日本代表として世界と戦っている点は共通しています。
【生い立ちと現在】張本智和は中国とのルーツをどう歩んできた?
仙台で育ち、2歳から卓球を始める張本智和選手の生い立ちを振り返ると、中国の卓球文化と日本の競技環境が自然に結びついた家庭で成長してきたことが分かります。
父母ともに元卓球選手だったため、幼少期から本格的な指導を受けられる環境にありました。
小学生時代には全日本選手権の年代別カテゴリーで6連覇を達成。2016年にはJOCエリートアカデミーに入校し、仙台を離れて東京で競技生活を送るようになりました。
2017年の世界選手権では13歳で男子シングルスのベスト8に進出。2018年には全日本選手権男子シングルスで14歳208日の史上最年少優勝を達成しました。
日本代表として中国の強豪と対戦張本選手が中国との関係で特に注目されるのは、世界の卓球界を代表する中国選手と国際大会で対戦する機会が多いからです。
両親が中国の卓球界で活動していたこともあり、競技的なルーツは中国と深く結びついています。
一方、本人は日本で育ち、日本の選手として競技生活を積み重ねてきました。
2021年の東京オリンピックでは男子団体の銅メダル獲得に貢献。2024年のパリオリンピックにも出場し、日本代表として世界のトップ選手と競い合いました。
日本中国友好協会のインタビューでは、中国と日本のどちらかにとらわれず、世界中に卓球を広めたいという考えも語っています。
この姿勢は、国籍や出身地だけでは選手の価値観を判断できないことを示すものです。
2026年現在の張本智和の国籍と所属2026年11月現在、張本智和選手は日本国籍の選手として活動しています。
日本卓球協会の男子ナショナルチーム公式プロフィールには、氏名が張本智和、生年月日が2003年6月27日、所属がトヨタ自動車として掲載されています。
また、2026-2027シーズンのTリーグ公式プロフィールでも、国籍・出身地は「日本/宮城県」と記載されています。
つまり、出生時の国籍と現在の国籍は異なります。出生時は中国籍でしたが、2014年3月に日本国籍を取得し、現在は日本代表として活動しているというのが正確な経緯です。
【プロの結論】張本中国の検索で間違えやすい3つのポイント
誤解1:仙台生まれだから最初から日本国籍だったこれは正しくありません。日本の国籍法では、出生地だけで日本国籍が決まるわけではありません。
張本選手は中国出身の両親のもとに生まれ、出生時は中国籍でした。日本国籍を取得したのは2014年3月です。
誤解2:張本家は2014年に家族全員で帰化した2014年に日本国籍を取得したのは、父・張宇さん、智和選手、美和選手の3人です。
母親は当時、中国のパスポートを保持していました。現在の公式プロフィールにはJPN表記がありますが、法的な国籍変更の時期については公表情報から確定できません。
誤解3:日本国籍を取得したのはオリンピックだけが目的だったオリンピックで金メダルを目指すという本人の夢は、帰化の大きな背景でした。
しかし、JOCエリートアカデミーへの参加条件や全日本選手権への出場など、国内の競技環境も重要な要因でした。
加えて、本人が日本で生まれ育ち、生活基盤を築いていたことも見逃せません。
国籍変更を正確に理解するには、本人の希望、家族の生活、競技制度という3つの視点を分けて考える必要があります。
国籍とルーツ、競技代表はそれぞれ別の情報張本智和選手のように、親の出身国と本人の出生地、現在の国籍が異なるケースでは、それぞれの情報を区別することが大切です。
国籍は法律上の身分、ルーツは家族や文化的な背景、競技代表は国際競技における所属を示します。これらは関連していますが、同じ意味ではありません。
張本選手の場合、中国にルーツを持ち、日本で生まれ育ち、日本国籍を取得して日本代表として活動しています。この3つは矛盾するものではなく、本人の歩んできた人生を構成する異なる側面です。
張本智和と中国の関係に関するよくある質問(FAQ)
Q1:張本智和は現在、中国籍ですか?
A1:いいえ。張本智和選手は2014年3月に日本国籍を取得しており、2026年現在は日本国籍です。日本卓球協会やTリーグの公式プロフィールでも日本の選手として掲載されています。
Q2:張本智和はなぜ日本に帰化したのですか?
A2:本人が日本代表としてオリンピックで金メダルを目指していたことに加え、JOCエリートアカデミーへの参加や全日本選手権への出場など、競技上の理由がありました。日本で生まれ育ち、生活基盤があったことも背景です。
Q3:張本智和の父親は中国人ですか?
A3:父・張宇さんは中国四川省出身の元卓球選手です。2014年3月に智和選手と美和選手とともに日本国籍を取得し、張本宇という姓に変更しています。
Q4:張本智和の母親・張凌さんは中国籍ですか?
A4:2014年の家族の帰化時には中国のパスポートを保持していました。一方、2026年現在のバタフライ公式プロフィールでは「張本凌(JPN)」と表記されています。現在の法的国籍や取得時期を具体的に示す公表資料は確認できないため、現在も中国籍と断定することはできません。
Q5:張本美和も中国から日本へ帰化したのですか?
A5:張本美和選手は日本生まれで、2014年3月に父親と兄とともに日本国籍を取得しました。現在は日本代表の卓球選手として活動しています。
Q6:張本智和の両親はなぜ中国から日本へ来たのですか?
A6:両親は1998年、卓球教室の指導者として中国四川省から宮城県仙台市へ移住しました。当初は中国へ戻る予定もありましたが、日本の生活に慣れ、子どもが生まれたことで生活の拠点が日本へ移っていきました。
Q7:張本智和は中国語を話せますか?
A7:2018年の新浪体育の取材では、当時の智和選手について中国語があまり得意ではない様子が紹介されています。中国にルーツを持つことと、中国語をどの程度話せるかは別の問題です。現在の語学力について、具体的な公表情報だけで断定することはできません。
張本智和選手と中国の関係を整理すると、出生時の国籍、両親の出身地、家族の来日、2014年の帰化という4つの出来事がつながっています。
智和選手は2003年に仙台市で生まれ、両親の指導のもと2歳から卓球を始めました。父・張宇さんと母・張凌さんは1998年に卓球指導のため中国四川省から来日し、その後、日本に生活基盤を築きました。
2013年8月に帰化申請を行い、2014年3月に日本国籍を取得したのは父・張宇さん、智和選手、妹・美和選手の3人です。母親は当時中国のパスポートを保持していましたが、2026年現在の公式スポーツプロフィールではJPN表記となっています。
現在の張本智和選手は、日本国籍を持つ日本代表選手です。中国にルーツを持つことと、日本人として競技活動を続けることは両立しています。
張本選手の経歴を理解するうえで大切なのは、出生地、国籍、家族のルーツ、競技代表を混同しないことです。国籍の変遷だけでなく、仙台で育ち、家族の支えを受けながら世界のトップ選手へ成長してきた歩みに目を向けることで、張本智和という選手の背景がより立体的に見えてきます。
主な確認資料
- 日本卓球協会・張本智和選手公式プロフィール
- 法務省・国籍Q&A、国籍法
- 日刊ゲンダイ・2018年の張本家の帰化に関する取材
- 新浪体育・張宇さんへの家族の来日と国籍取得に関するインタビュー
- バタフライ公式・張本凌さんのプロフィール
- Tリーグ公式・張本智和選手、張本美和選手のプロフィール