歌手・長渕剛の妻は、元アクション女優の志穂美悦子です。1955年10月29日生まれで、2026年11月現在71歳。本名は長渕悦子、旧姓は塩見悦子で、1987年に長渕剛と結婚しました。かつて日本を代表するアクション女優として活躍し、結婚後は家庭を支える一方、フラワーアーティストとしても活動してきた人物です。
ところが2025年8月、長渕剛との別居報道や所属事務所の役員退任が大きく取り上げられ、夫婦関係に注目が集まりました。一方、2026年にはシャンソン歌手・鬼無里まりとしての音楽活動や、愛犬とのランニング、鍛え上げられた身体を披露する姿が話題になっています。現在の活動、結婚までの経緯、別居報道の内容を時系列で整理します。
【プロフィール】長渕剛の妻・志穂美悦子とは?本名や旧姓、生年月日を紹介

長渕剛の妻として知られる志穂美悦子は、1970年代から1980年代にかけて活躍した日本を代表するアクション女優です。
結婚後は芸能界を引退し、家庭生活や夫の仕事を支えてきました。しかし、現在は再び表舞台に立ち、音楽や花の創作活動に力を注いでいます。
志穂美悦子の基本プロフィール志穂美悦子の生年月日は1955年10月29日。岡山県西大寺市(現在の岡山市)出身です。
名前については、芸名と本名、旧姓を区別すると分かりやすくなります。
- 芸名:志穂美悦子(しほみ・えつこ)
- 結婚後の本名:長渕悦子(ながぶち・えつこ)
- 旧姓:塩見悦子(しおみ・えつこ)
- 生年月日:1955年10月29日
- 年齢:71歳(2026年11月現在)
- 出身地:岡山県
- 主な活動:元俳優、シャンソン歌手、フラワーアーティスト
- 夫:長渕剛
- 別名義:鬼無里まり(きなさ・まり)
芸名の志穂美悦子は、1973年の映画デビュー後に使用するようになった名前です。結婚後の本名は長渕悦子で、旧姓が塩見です。
また、2024年からは鬼無里まりという名前でも活動しています。現在の活動を調べる際には、志穂美悦子と鬼無里まりの両方の名前を知っておくと、出演情報を見つけやすくなります。
日本初の本格的なアクション女優として活躍志穂美悦子は、千葉真一が主宰したジャパン・アクション・クラブ(JAC)に入会し、アクション俳優としての道を歩み始めました。
1974年には映画『女必殺拳』で主演を務め、身体能力を生かした本格的なアクションで人気を獲得。女性自身がスタントや擬斗をこなす俳優として、当時の映画界で強い存在感を放ちました。
その後も映画『里見八犬伝』『二代目はクリスチャン』、テレビドラマ『熱中時代』『噂の刑事トミーとマツ』などに出演。1985年には映画『上海バンスキング』などの演技で、日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞しています。
単に有名歌手の妻というだけではなく、結婚前から確かなキャリアと実績を持っていた女優です。
【結婚の経緯】長渕剛と志穂美悦子はどこで出会った?共演から結婚まで
長渕剛と志穂美悦子の出会いは、1986年のテレビドラマ『親子ゲーム』です。
その後、映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』でも共演。1986年の作品を通じて交流を深め、翌1987年8月に結婚しました。
最初の共演はドラマ『親子ゲーム』1986年放送のTBSドラマ『親子ゲーム』は、2人の関係を語るうえで欠かせない作品です。
続いて同年12月20日公開の山田洋次監督作品『男はつらいよ 幸福の青い鳥』でも共演しました。
同作では志穂美悦子が島崎美保役、長渕剛が倉田健吾役を演じています。映画の中でも2人は男女の関係を演じており、共演した作品として現在も知られています。
松竹の公式作品情報でも、2人が同作に出演したことが確認できます。
1987年8月に結婚、志穂美悦子は芸能界を引退1987年8月、長渕剛と志穂美悦子は結婚しました。
結婚を機に志穂美悦子は女優業を引退。家庭に入り、家事や育児を中心とした生活に移りました。
当時の結婚については、長渕剛が「家の中に2つの星はいらない」という趣旨の考えを示したことも、後年の報道で紹介されています。
女優としてすでに確固たる地位を築いていた志穂美悦子にとって、芸能界から離れることは大きな転換でした。
その後は3人の子どもを育てながら、長渕の活動を支える立場も担いました。表舞台から姿を消した時期が長かったため、現在も「長渕剛の奥さん」という印象を持つ人が少なくありません。
ただし、志穂美悦子自身のキャリアを振り返れば、結婚前のアクション女優としての実績と、結婚後の花の創作活動、そして現在の音楽活動という、複数の人生のステージを経験してきた人物です。
【年表・関係性】長渕剛と志穂美悦子の夫婦の歩みを整理
2人の関係を理解するには、結婚前の共演から、家庭生活、芸能活動への復帰、そして2025年の別居報道までを時系列で見ることが大切です。
特に注目したいのは、志穂美悦子が長渕の妻として家庭を支える時期を経て、自分自身の名前で活動するようになったことです。
2人の関係と志穂美悦子の主な転換点| 時期 | 出来事 | 関係・活動のポイント |
|---|---|---|
| 1972年 | JAC入会 | アクション女優への道を歩み始める |
| 1973年 | 映画デビュー | 旧姓の塩見悦子名義で活動 |
| 1974年 | 『女必殺拳』主演 | アクション女優として人気を獲得 |
| 1985年 | 日本アカデミー賞優秀助演女優賞 | 俳優としての実績を評価される |
| 1986年 | 『親子ゲーム』で長渕剛と初共演 | 2人の出会いにつながる |
| 1986年12月 | 『男はつらいよ 幸福の青い鳥』公開 | 映画でも共演 |
| 1987年8月 | 長渕剛と結婚 | 志穂美悦子は芸能界を引退 |
| 2011年 | 花創作家として活動 | 東日本大震災の被災地支援をきっかけに活動を展開 |
| 2024年6月 | 鬼無里まりとして歌手デビュー | シャンソン歌手として再び表舞台へ |
| 2025年8月 | 夫婦の別居報道 | 事務所役員退任と夫婦関係に注目が集まる |
| 2026年10月 | 71歳の誕生日 | 愛犬とのランニングやバースデーイベントが話題 |
この年表から分かるのは、志穂美悦子が一貫して自分の表現活動を続けてきたことです。
結婚後は家庭を優先していましたが、2011年には花創作家として活動を始め、2024年にはシャンソン歌手としてデビューしました。
長渕剛の妻という立場だけでは説明できない、独立した表現者としての歩みが見えてきます。
【別居報道の真相】長渕剛と志穂美悦子に何があった?離婚したのか
2025年8月、長渕剛と志穂美悦子の夫婦関係をめぐる報道が相次ぎました。
中心となったのは、週刊文春とNEWSポストセブンによる別居報道です。結婚から約38年が経過した夫婦に何が起きたのか、報道内容と本人の発言を分けて整理します。
2025年8月、週刊文春が別居状態を報道2025年8月26日配信の文春オンラインは、志穂美悦子が長渕剛に関連する3社の取締役を退任していたと報じました。
同記事によると、長渕剛の個人事務所「オフィスレン」などの取締役から、志穂美悦子が2024年に退いていたといいます。
加えて、ツアースタッフの証言として、長渕剛が2023年末に自宅を出て、都内の別のマンションで暮らしているという内容も掲載されました。
この報道で特に注目されたのが、志穂美悦子本人への電話取材です。
記者から別居状態について質問された際、志穂美悦子は次のように答えたと報じられています。
「えっと、行ったり来たり」
また、会社の取締役を降りたことについては、次のように説明しました。
「降りたことは事実です。いま私は新しいことをやり始めているので、そこに没入したいなあって。もうそれしか言えないです」
この発言から分かるのは、役員退任そのものは本人が認めている一方、夫婦の生活実態については詳細な説明を避けていることです。
NEWSポストセブンも別居状態を報道2025年8月27日から9月にかけては、NEWSポストセブンや女性セブンも夫婦の別居状態について報じました。
報道では、長渕剛が自宅ではなく都内のマンションを生活拠点にしていたとする関係者の証言や、長渕の仕事に同行する女性スタッフの存在などが取り上げられました。
ただし、女性の同行に関する証言や不倫をめぐる疑惑は、報道で紹介された関係者の説明です。本人たちが認めた確定事実と同じ扱いにはできません。
また、長渕剛が別居をどのような理由で選んだのか、夫婦間でどのような話し合いがあったのかについて、本人同士による詳しい説明は公表されていません。
別居報道の後、離婚は発表されたのかここで混同してはいけないのが、別居と離婚は異なるという点です。
2026年11月現在、2人が離婚を正式発表したとの報道はありません。2025年の報道で伝えられたのは、生活拠点が分かれているとする証言と、志穂美悦子の「行ったり来たり」という回答です。
つまり、別居報道があったことは事実ですが、それだけで離婚が成立したと判断することはできません。
一方、事務所の役員を退任したことや、志穂美悦子が自分自身の活動に力を注ぐようになったことは、夫婦の仕事上の関係にも変化が生じたことを示す出来事です。
夫婦関係の現在を考える際には、報道された生活拠点の変化と、本人が公表している活動を分けて見る必要があります。
【2026年最新】志穂美悦子の現在の活動は?歌手・花創作家として活躍
2026年の志穂美悦子は、シャンソン歌手の鬼無里まり、そしてフラワーアーティストとして活動しています。
長年、家庭や夫の仕事を支えてきた人物が、自分の名前で新たな挑戦を続けている点が現在の大きな特徴です。
2024年に鬼無里まりとしてシャンソン歌手デビュー志穂美悦子は2024年6月、鬼無里まりの名前でシャンソン歌手としてデビューしました。
日刊スポーツの2024年11月4日のインタビューによると、デビューのきっかけは音楽評論家・作詞家の湯川れい子から、シャンソンのイベント「エターナルソング・コンテスト」の発表会への出演を依頼されたことでした。
実は志穂美悦子にとって、シャンソンは新しく始めた趣味ではありません。20代前半から銀座のシャンソンの殿堂として知られた「銀巴里」に通い、金子由香利の歌に親しんでいたといいます。
長年心に温めてきた音楽への思いが、人生の新しいステージで形になったのです。
本人は日刊スポーツのインタビューで、長渕剛の力を借りずにどこまでできるかという挑戦についても語っています。
2024年には、次のような活動実績がありました。
- 6月:エターナルソング・コンテストの発表会で歌手デビュー
- 7月:日本シャンソン館の記念コンサートに特別出演
- 9月:奈良・薬師寺の観月会で5曲を献歌
歌唱活動と花創作を組み合わせた出演もあり、単なる歌手デビューにとどまらない表現活動を展開しています。
フラワーアーティストとしての実績も継続志穂美悦子は2011年、東日本大震災の被災地支援をきっかけに、花創作家としての活動を本格化させました。
趣味として撮りためていたフラワーアレンジメントの写真集を自費出版し、その売り上げを全額寄付したことが活動の転機となりました。
2014年には奈良・薬師寺の東院堂を約5000本の花と流木で飾る献花奉納を実施。花を使った大規模な空間表現にも取り組んできました。
2026年現在も、フラワーアレンジメントのワークショップやイベントなどに関する情報が公式サイトに掲載されています。
2026年の公式活動情報にも注目志穂美悦子の公式サイト「Love&Fight」には、2026年の世界らん展やソロライブ、NHK文化センターの講座などに関する出演・活動情報が掲載されています。
また、日本シャンソンコンクール2025での優秀賞受賞や、東京シャンソンコンクールでのグランプリ受賞など、歌手としての実績も紹介されています。
こうした情報からは、2026年の志穂美悦子が、単に芸能界へ復帰したという段階ではなく、音楽と花の両方で活動領域を広げていることが分かります。
かつてのアクション女優というイメージに加え、現在は自ら企画し、表現するアーティストとしての存在感を強めています。
【71歳の現在】愛犬とのランニングと鍛え上げられた身体が話題
2026年の志穂美悦子をめぐる話題で、特に注目されたのが鍛え上げられた身体と愛犬とのランニングです。
71歳という年齢を迎えても、トレーニングを続け、活動的な姿を見せていることが、多くの人の関心を集めています。
2026年9月、トレーニング姿と背筋を披露2026年9月10日配信のテレビ朝日系ニュースでは、志穂美悦子が9月7日にInstagramを更新し、鍛え抜かれた背筋を披露したことが紹介されました。
5日と6日に長野県で開催されたコンサートの終了を報告するとともに、背中が大きく開いたドレス姿を公開。鍛えられた背中の筋肉が注目を集めました。
加えて、9月29日配信のテレビ朝日系ニュースでは、9月28日にトレーニングに取り組む姿を公開したことも報じられています。
この投稿では、東映の元宣伝部長・福永邦昭とともにボクシングの撮影に臨んだことを紹介。ファンからは「悦子さん、すごすぎ」「カッコいい」といった反応が寄せられました。
10月29日、71歳の誕生日に愛犬リルとランニング2026年10月29日、志穂美悦子は71歳の誕生日を迎えました。
誕生日を迎える直前には、愛犬のリルと一緒にランニングする姿をInstagramに投稿。日刊スポーツやABEMA TIMESなどが、その様子を取り上げています。
投稿には、次の言葉が添えられていました。
「真夜中投稿お許しを!恒例カウントダウンランニングwithリル。さあ、今まではリハーサル!これから本気出す!」
誕生日を迎える瞬間を、愛犬とのランニングで過ごすというアクティブなスタイルです。
この投稿について、ABEMA TIMESは2026年10月30日に報道。ファンからは「誕生日の迎え方が、めちゃくちゃカッコイイ」「走れる!さすが!生涯現役!」などの反響が寄せられたと伝えています。
なぜ71歳でも鍛えられた身体を維持できるのか志穂美悦子の身体づくりを理解するうえで重要なのは、もともとアクション女優として身体を使う仕事を長く続けていたことです。
若い頃からスタントやアクションの訓練を重ねてきた経験があり、筋力トレーニングに取り組む習慣も以前から持っていました。
日刊スポーツのインタビューでは、俳優時代にも筋トレの記録をノートに書いていたことが紹介されています。
また、2024年のシャンソン歌手デビュー後も、歌のレッスンや研究を熱心に続けていると語っていました。
こうした過去の経験と現在の活動を合わせて考えると、年齢を重ねても身体を動かし、表現活動に取り組む姿勢が、現在の健康的で力強い印象につながっていると考えられます。
ただし、公開された写真や動画だけで具体的なトレーニングメニュー、健康状態、筋肉量などを判断することはできません。話題になっているのは、本人が公開した運動やトレーニングの姿そのものです。
【プロの結論】長渕剛と志穂美悦子の夫婦関係をどう見るべきか
長渕剛と志穂美悦子の夫婦関係を考えるうえで、押さえておきたいのは、結婚生活の長さと現在の活動を単純に結び付けないことです。
2人は1987年に結婚し、長い期間にわたって夫婦として生活してきました。志穂美悦子は女優を引退して家庭に入り、長渕剛の活動を支えてきた一方、2011年以降は花創作家として自分の表現を再開しました。
そして2024年にはシャンソン歌手としてデビュー。2025年には事務所役員退任と別居報道があり、2026年には71歳の誕生日を迎えながら精力的に活動しています。
別居報道と芸能活動の再開は分けて考える志穂美悦子が役員を退任したことは本人も認めています。一方、別居については「行ったり来たり」という説明にとどまっています。
そのため、役員退任を離婚の意思表示と決め付けたり、別居報道だけを根拠に夫婦関係が完全に終わったと判断したりするのは適切ではありません。
注目したいのは、志穂美悦子自身が新しい活動に没入したいと語っていることです。歌手活動や花の創作活動は、夫の仕事とは別に、自分自身の表現を追求する取り組みとして位置付けられています。
志穂美悦子の現在は「長渕剛の妻」だけでは語れない検索では「長渕剛の奥さん」という呼び方が使われていますが、志穂美悦子の人生を夫婦関係だけで捉えると、重要な部分を見落としてしまいます。
彼女はアクション女優として映画界で活躍し、結婚後は家庭と花の創作活動に取り組み、70代に入った現在はシャンソン歌手として新たな挑戦を続けています。
特に、長渕剛の力を借りずに自分自身の音楽活動を追求したいという本人の姿勢は、現在の活動を理解するうえで要点です。
夫婦のプライベートな問題と、本人が築いているキャリアは、別々の視点から見る必要があります。
長渕剛の妻・志穂美悦子に関するよくある質問(FAQ)
Q1:長渕剛の奥さんは誰ですか?
A1:元アクション女優の志穂美悦子です。1987年8月に結婚しました。現在はシャンソン歌手やフラワーアーティストとして活動しています。
Q2:志穂美悦子の本名と旧姓は何ですか?
A2:結婚後の本名は長渕悦子で、旧姓は塩見悦子です。芸能活動では志穂美悦子という名前を使用しています。
Q3:志穂美悦子は2026年現在何歳ですか?
A3:1955年10月29日生まれで、2026年11月現在71歳です。2026年10月29日に71歳の誕生日を迎えました。
Q4:長渕剛と志穂美悦子は離婚したのですか?
A4:2026年11月現在、離婚を正式発表したとの報道はありません。2025年8月に別居状態が報じられましたが、本人は「行ったり来たり」と説明しています。
Q5:志穂美悦子は現在、何をしているのですか?
A5:シャンソン歌手の鬼無里まりとして音楽活動を行うほか、フラワーアーティストとしてイベントやワークショップなどにも取り組んでいます。
Q6:志穂美悦子が鍛え上げられた身体で話題になったのはなぜですか?
A6:2026年9月にトレーニング姿や鍛えられた背筋を公開し、10月29日には愛犬リルとのランニング姿を投稿したためです。71歳とは思えない活動的な姿に、多くの反響が寄せられました。
Q7:長渕剛と志穂美悦子の出会いは何ですか?
A7:1986年のTBSドラマ『親子ゲーム』で初共演しました。同年公開の映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』でも共演し、1987年に結婚しています。
長渕剛の妻は、元アクション女優の志穂美悦子です。本名は長渕悦子、旧姓は塩見悦子。1955年10月29日生まれで、2026年11月現在71歳です。
1986年の『親子ゲーム』で長渕剛と共演し、1987年8月に結婚。芸能界を引退して家庭を支えた後、花創作家として活動を再開し、2024年には鬼無里まり名義でシャンソン歌手としてデビューしました。
2025年8月には別居報道があり、本人は事務所役員を退任したことを認めています。一方、夫婦関係については「行ったり来たり」と説明しており、離婚が正式に発表されたわけではありません。
2026年には愛犬リルとのランニング姿や鍛え上げられた身体が話題になり、71歳を迎えても精力的に活動しています。
志穂美悦子の現在を理解するうえで大切なのは、長渕剛の妻という肩書だけでなく、アクション女優、花創作家、シャンソン歌手として歩んできた本人の人生にも目を向けることです。今後も音楽と花の両分野で、どのような表現を見せてくれるのか注目されます。