砂川リチャード選手をめぐっては、2017年の入団拒否説とは別に、2024年の契約更改でも注目を集めた出来事がある。
それが、ソフトバンクとの契約更改交渉での契約保留だ。
2024年11月22日に契約を保留した理由2024年11月22日、砂川選手はソフトバンクとの契約更改交渉に臨んだものの、その場ではサインをせずに保留した。
当時の推定年俸は1000万円。報道では球団側の提示も現状維持だったとされている。
注目されたのは、金額よりも本人が求めていたものだった。
砂川選手は球団からの評価や期待を受け止めたうえで、納得して1年間を戦い抜く覚悟を持って契約したいという考えを示した。
日刊スポーツの報道によれば、約70分に及んだ初回交渉では、出場機会について球団と十分に話し合うことができなかったことも保留の背景にあった。
つまり、単純な年俸への不満ではなく、自分がどのような立場でチームに貢献していくのかを確認するための保留だった。
12月6日に契約を締結!年俸は現状維持その後、2024年12月6日に2度目の交渉が行われ、砂川選手は契約更改を終えた。
結果は以下のとおりだ。
- 契約更改日:2024年12月6日
- 推定年俸:1000万円
- 前年からの増減:現状維持
- 交渉時間:約80分
- 契約保留期間:約2週間
交渉後、砂川選手は覚悟が決まったことを明かし、納得して契約にサインした。
この一連の出来事から分かるのは、砂川選手が自分のプロ野球人生について真剣に考えていたということだ。
2017年の入団拒否説と2024年の契約保留は別問題この2つは混同されやすいが、性質が異なる。
2017年は、ドラフトで育成指名された直後に進路を決めかねていた問題。
2024年は、すでにプロ選手として活動していた砂川選手が、球団との契約内容や今後の役割について話し合うためにサインを保留した問題だ。
どちらも本人が即座に決断しなかったという共通点はあるが、2017年は入団前、2024年は契約更改時の出来事である。
また、2024年の契約保留後には移籍を希望している可能性も一部報道で取り上げられたが、当時の保留自体を正式な移籍要求と同一視することはできない。
【二軍の帝王】砂川リチャードの成績と山川穂高・兄との関係

砂川リチャード選手を語る際、頻繁に使われる言葉が「二軍の帝王」だ。
この呼び名は、決して長打力がないという意味ではない。むしろ、二軍では圧倒的な本塁打数を記録しながら、一軍では同じような結果を継続して残すことが難しかったという評価から生まれたものだ。
ウエスタン・リーグで5年連続の本塁打王砂川選手はソフトバンク時代、ファームで強烈な存在感を示した。
2024年シーズンのウエスタン・リーグでは、18本塁打、54打点を記録。本塁打王に輝き、打点王も獲得した。
加えて、2024年までに本塁打王は5年連続5度目、打点王は3年連続4度目という実績を残していた。
一方、一軍では同じ2024年に15試合出場、打率.226、0本塁打、1打点にとどまった。
この極端な数字の違いが「二軍の帝王」と呼ばれる理由である。
なぜ二軍では打てるのに一軍では苦戦するのか?大きな要点は、長打力と打撃の安定性が必ずしも一致しないことだ。
砂川選手の魅力は、189センチ、120キロという恵まれた体格から生み出されるパワーにある。
しかし、一軍では投手の球威や変化球への対応、配球の読み、ストライクゾーンの見極めなど、より高度な技術が求められる。
特に長距離打者は、長打を狙うスイングと確実性のバランスが難しい。
二軍で本塁打を量産できても、一軍の投手に対して同じ打撃を再現できなければ、レギュラー定着にはつながらない。
砂川選手の場合も、三振の多さや打率の低さが課題として残ってきた。
ただし、2025年に巨人へ移籍した後は一軍で11本塁打を記録している。これは長打力が一軍でも通用することを示した重要な変化だ。
したがって、「二軍でしか打てない選手」と決めつけるのは適切ではない。
山川穂高との関係は?師匠として指導を受けた間柄砂川選手と山川穂高選手の関係は、ソフトバンク時代の重要なエピソードだ。
山川選手は砂川選手が尊敬する先輩であり、打撃や体づくりについて指導を受ける師匠のような存在だった。
2024年11月から砂川選手は山川選手との練習を開始。12月2日の日刊スポーツの報道では、山川選手に弟子入りし、厳しい練習に取り組んでいることが伝えられた。
加えて、2025年1月には沖縄・久米島での自主トレにも参加する予定を明かしていた。
砂川選手は山川選手の練習に身を置くことで、自分に足りない部分を改善しようとしていた。
ただし、2人は血縁関係ではなく、チームメートであり、野球を通じた師弟関係にある。
2025年5月に砂川選手が巨人へ移籍した際も、本人は山川選手から期待や指導を受けていたことへの感謝をコメントしている。
兄のジョセフ・オブライエンも野球選手砂川選手の家族関係で注目されるのが、兄のジョセフ・オブライエン氏だ。
週刊ベースボールONLINEは2020年10月、兄のジョセフ・オブライエンを取り上げた記事を掲載している。
同記事によると、兄は高校卒業後にアメリカの大学へ進学し、投手としてアメリカでプロ野球の道に進んだ人物だ。
メジャーリーグへの憧れを持ち、挑戦を続けていたが、右肘の故障や新型コロナウイルスの影響などもあり、メジャー昇格は実現しなかった。
兄弟ともに野球に打ち込んできたが、兄はアメリカ、弟は日本という異なる環境でプロを目指したことになる。
ジョセフ氏については、野球選手としての経歴と兄弟関係が確認できる一方、現在の詳細な活動状況まで一律に公表されているわけではない。
【2026年最新】砂川リチャードの現在の所属は巨人!移籍後の成績と今後
2026年現在の砂川リチャード選手は、福岡ソフトバンクホークスではなく、読売ジャイアンツに所属している。
この移籍は、2017年の入団拒否説とは別の、プロ野球人生における大きな転換点だった。
2025年5月12日に巨人への交換トレードが成立2025年5月12日、ソフトバンクと巨人の間で交換トレードが成立した。
移籍の対象となったのは次の3選手だ。
- ソフトバンク:リチャード(砂川リチャード)
- 巨人:秋広優人
- 巨人:大江竜聖
つまり、砂川選手1人と巨人の2選手による交換トレードだった。
両球団の公式発表でも、このトレードは正式に公表されている。
巨人は長打力を持つ内野手を獲得し、ソフトバンクは内野手と左腕投手を補強する形になった。
移籍が決まった際、砂川選手はソフトバンクでお世話になった王貞治会長、小久保裕紀監督、山川穂高選手らへの感謝を表明した。
そして、新天地の巨人で成長した姿を見せることで恩返ししたいという意気込みを示した。
2025年は巨人で11本塁打を記録移籍後の砂川選手は、巨人で77試合に出場した。
NPB公式記録による2025年の巨人での打撃成績は以下のとおり。
| 項目 | 2025年巨人での成績 |
|---|---|
| 試合数 | 77 |
| 打率 | .211 |
| 安打 | 49 |
| 本塁打 | 11 |
| 打点 | 39 |
| 三振 | 90 |
打率はまだ課題を残すものの、11本塁打という結果は、長打力を一軍でも発揮できることを示した。
ソフトバンク時代には一軍で本塁打を打てないシーズンが続いていたことを考えると、移籍後の変化は小さくない。
2026年シーズン終了時点の最新成績NPB公式の2026年シーズン終了時点の個人年度別成績によると、砂川選手は巨人の背番号52を着用している。
52
読売ジャイアンツ・内野手
試合数
14
打率
.176
本塁打
3
打点
7
出典:日本野球機構(NPB)個人年度別成績・2026年シーズン終了時
2026年は14試合の出場にとどまり、打率も.176だった。一方で3本塁打を記録している。
打席数は41と限られているため、数字だけで選手としての評価を決めるのは早い。出場機会を増やし、持ち味の長打力を継続的に発揮できるかが今後の焦点となる。
砂川リチャードに再びトレードの可能性はある?2025年に実際にトレードを経験したことから、今後の移籍について関心を持つファンも少なくない。
ただし、2026年シーズン終了時点で確認できる所属先は巨人であり、次のトレードが決定したという情報はない。
今後を考えるうえで重要なのは、次の3点だ。
1. 一軍での出場機会: 継続的にスタメンや途中出場の機会を獲得できるか。
2. 打撃の確実性: 本塁打だけでなく、打率や三振数を改善できるか。
3. 守備面の評価: 内野手として複数のポジションで起用できるか。
巨人での居場所を確立できれば、長打力を持つ内野手として存在感を高められる。
一方、出場機会が限られる状況が続けば、球団の戦力構想や本人のキャリア選択によって、新たな環境への移籍が検討される可能性もある。
ただし、現段階で次のトレードを既定路線として考える根拠はない。
【よくある質問】砂川リチャードの入団拒否に関するFAQ
Q1:砂川リチャードは2017年に本当にソフトバンクへの入団を拒否したのですか?
A1:いいえ。指名直後に「まだ行くかわからない」と発言し、進路を保留していましたが、2017年12月1日にソフトバンクへの入団が決定しています。入団拒否が成立した事実はありません。
Q2:砂川リチャードが入団を迷った理由は何ですか?
A2:育成ドラフト3位という指名だったことが背景にあります。支配下指名とは契約条件や一軍出場までの道筋が異なるため、今後の進路を慎重に検討していました。
Q3:砂川リチャードは現在どこの球団に所属していますか?
A3:2026年シーズン終了時点では読売ジャイアンツです。背番号は52で、内野手として登録されています。
Q4:砂川リチャードはなぜ二軍の帝王と呼ばれていたのですか?
A4:ソフトバンク時代にウエスタン・リーグで5年連続の本塁打王を獲得するなど、二軍で圧倒的な長打力を発揮していた一方、一軍では打率や本塁打数が伸び悩んでいたためです。
Q5:砂川リチャードと山川穂高は兄弟ですか?
A5:兄弟ではありません。山川選手はソフトバンク時代の先輩で、砂川選手が尊敬し、打撃や体づくりを学んだ師匠のような存在です。実の兄はジョセフ・オブライエン氏です。
Q6:砂川リチャードは2024年に契約を拒否したのですか?
A6:契約を拒否したわけではなく、一度保留したというのが正確です。球団との話し合いを経て、2024年12月6日に推定年俸1000万円の現状維持で契約を更改しました。
砂川リチャード選手の入団拒否説は、2017年の育成ドラフト指名直後に発した「まだ行くかわからない」という言葉が発端だった。
しかし、実際には2017年12月1日にソフトバンクへの入団が決定している。
その後、育成選手としてプロ生活をスタートし、二軍で本塁打王を5年連続で獲得するなど、持ち前の長打力を発揮。2024年には契約保留という出来事もあったが、最終的には契約を更改した。
そして2025年5月12日には巨人への交換トレードが成立。2026年シーズン終了時点では、背番号52の内野手としてプレーしている。
【プロの結論】
砂川リチャード選手の経歴を正しく理解するには、「入団拒否」「契約保留」「トレード」という3つの出来事を区別することが大切だ。
- 2017年:育成指名後に進路を保留したが、最終的に入団。
- 2024年:契約更改を一度保留したが、話し合いを経て契約。
- 2025年:ソフトバンクから巨人へ正式にトレード移籍。
- 2026年:巨人の背番号52としてシーズンを終えた。
入団拒否という言葉だけでは見えてこないのは、プロ入り後も自分の立場や出場機会と向き合いながら、挑戦を続けてきた選手の姿だ。
高校時代に評価された長打力は、巨人移籍後の2025年に一軍11本塁打という形でも表れた。
今後の注目点は、そのパワーをどこまで安定した一軍成績につなげられるか。育成選手としてプロ入りした砂川リチャードのキャリアは、まだ評価を固める段階にある。