女優・寺島しのぶの弟は、歌舞伎界を代表する歌舞伎俳優、八代目尾上菊五郎(おのえ・きくごろう)です。かつては五代目尾上菊之助として活躍し、2025年5月に父から大名跡を受け継ぎました。父は七代目尾上菊五郎、母は女優の富司純子という、歌舞伎と映画の両方に深い縁を持つ芸能一家に生まれています。
一方、寺島しのぶの長男・寺嶋眞秀も歌舞伎俳優として初舞台を踏んでおり、弟の長男である尾上丑之助(現在の六代目尾上菊之助)とはいとこ同士です。2024年には姉弟間の「跡目争い」をめぐる報道も登場しましたが、実際の襲名の経緯や家族関係はどうなっているのでしょうか。2026年11月現在の情報をもとに、名前の変遷、家系図、姉弟関係、報道の背景まで整理します。
【結論】寺島しのぶの弟は八代目尾上菊五郎!五代目菊之助から何が変わった?

寺島しのぶの弟の名前は、現在、八代目尾上菊五郎です。
2024年5月までは五代目尾上菊之助として知られていましたが、2025年5月、歌舞伎座で行われた襲名披露公演を機に八代目尾上菊五郎を襲名しました。
ここで注意したいのが、襲名後も父親の七代目尾上菊五郎が同じ名前を名乗り続けている点です。つまり、2026年現在、七代目と八代目の尾上菊五郎が並び立つという、歌舞伎界でも異例の状況になっています。
弟の基本プロフィール| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 現在の芸名 | 八代目尾上菊五郎 |
| 旧芸名 | 五代目尾上菊之助 |
| 生年月日 | 1977年8月1日 |
| 出身地 | 東京都 |
| 屋号 | 音羽屋 |
| 父親 | 七代目尾上菊五郎 |
| 母親 | 富司純子 |
| 姉 | 寺島しのぶ |
| 妻 | 波野瓔子 |
| 長男 | 六代目尾上菊之助 |
| 八代目襲名 | 2025年5月 |
1977年8月1日生まれの八代目尾上菊五郎は、2026年11月現在49歳です。七代目尾上菊五郎の長男として生まれ、幼少期から歌舞伎の世界で修業を積んできました。
文化庁の日本博関連プロフィールや歌舞伎関係の人物紹介によると、女方と立役の両方を務め、古典歌舞伎だけでなく新作歌舞伎にも積極的に取り組んできた俳優です。伝統を受け継ぐだけでなく、新しい歌舞伎の可能性を切り開いてきたことが、これまでのキャリアの大きな特徴です。
なお、2026年11月の歌舞伎座では、吉例顔見世大歌舞伎の通し狂言『仮名手本忠臣蔵』に出演しています。八代目尾上菊五郎は「道行」や「五・六段目」「七段目」のおかるを勤めており、襲名後も舞台の第一線で活動を続けています。公演情報は尾上菊五郎公式サイトにも掲載されています。
【襲名の歴史】六代目丑之助から五代目菊之助、そして八代目菊五郎へ
寺島しのぶの弟が現在の名前に至るまでには、約40年にわたる歌舞伎役者としての歩みがあります。
歌舞伎の世界では、芸名や名跡の襲名は単なる名前の変更ではありません。先代から芸や役柄、家の歴史を受け継ぎ、新しい立場で観客の前に立つ重要な節目です。
1984年:六代目尾上丑之助として初舞台1984年2月、八代目尾上菊五郎は歌舞伎座の『絵本牛若丸』で六代目尾上丑之助を名乗り、初舞台を踏みました。
父の七代目尾上菊五郎も幼少期に尾上丑之助を名乗って初舞台を経験しています。こうした幼名の継承は、音羽屋の芸の系譜を示すものでもあります。
1996年:五代目尾上菊之助を襲名1996年5月、歌舞伎座の『弁天娘女男白浪』などで五代目尾上菊之助を襲名しました。
この時期から、若手歌舞伎俳優として注目を集め、女方としての美しさに加えて、立役としての表現力も磨いていきます。
その後の代表的な挑戦として挙げられるのが、2005年の『NINAGAWA 十二夜』です。シェイクスピア作品を歌舞伎として再構成する意欲的な舞台で、伝統芸能と現代演劇の接点を広げました。
加えて、2017年には『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』、2019年には宮崎駿作品を原作とする『風の谷のナウシカ』の歌舞伎化にも取り組みました。
2024年5月:八代目尾上菊五郎への襲名が発表される2024年5月27日、七代目尾上菊五郎、五代目尾上菊之助、尾上丑之助の3人が会見し、翌2025年に親子2代にわたる襲名を行うことを発表しました。
発表された内容は、五代目尾上菊之助が八代目尾上菊五郎に、そして息子の尾上丑之助が六代目尾上菊之助に、それぞれ名前を改めるというものです。
この決定で注目されたのは、七代目尾上菊五郎が引退して名前を譲るのではなく、引き続き七代目を名乗ることでした。
歌舞伎公式情報サイト「歌舞伎美人」に掲載された襲名発表では、七代目は脊椎を痛めたことなどをきっかけに襲名を考えたと説明しています。また、息子への継承について、次のように語っています。
「おめえ、継げよ」
父から息子へ、長年守ってきた大名跡を託す言葉です。七代目は52年間名乗ってきた菊五郎の名前を、自身の歌舞伎人生の最後まで名乗り続けたいという考えも示しました。
2025年5月・6月:八代目尾上菊五郎として襲名披露2025年5月2日から27日までの「團菊祭五月大歌舞伎」、続く6月2日から27日までの「六月大歌舞伎」で、八代目尾上菊五郎と六代目尾上菊之助の襲名披露が行われました。
襲名披露狂言には『京鹿子娘二人道成寺』『弁天娘女男白浪』『菅原伝授手習鑑』『連獅子』などが並びました。
とりわけ『連獅子』では、八代目菊五郎と六代目菊之助が親子の獅子の精を演じ、父から子へと芸をつなぐ姿が舞台上でも表現されました。
この襲名の経緯は、松竹の公演案内や歌舞伎美人の公式発表でも確認できます。
【寺島しのぶの家系図】父・七代目尾上菊五郎と母・富司純子の芸能一家
寺島しのぶの弟を理解するうえで欠かせないのが、歌舞伎の名門・音羽屋の家系です。
父親は七代目尾上菊五郎、母親は映画やテレビで活躍してきた女優の富司純子。長女が寺島しのぶ、長男が八代目尾上菊五郎です。
寺島しのぶと弟を中心とした家系図家族関係を整理すると、次のようになります。
- 祖父:七代目尾上梅幸
- 祖母:一般に公開されている家系情報で確認できる父方の祖母
- 父:七代目尾上菊五郎
- 母:富司純子
- 長女:寺島しのぶ(女優)
- 長女の夫:ローラン・グナシア
- 長女の長男:初代尾上眞秀
- 長男:八代目尾上菊五郎(旧・五代目尾上菊之助)
- 長男の妻:波野瓔子
- 長男の長男:六代目尾上菊之助(旧・尾上丑之助)
寺島しのぶは1972年生まれ、弟の八代目尾上菊五郎は1977年生まれです。姉が5歳年上という関係になります。
父の七代目尾上菊五郎は、1942年10月2日生まれ。本名は寺嶋秀幸で、父親は七代目尾上梅幸です。1953年に五代目尾上丑之助、1965年に四代目尾上菊之助、1973年に七代目尾上菊五郎を襲名しました。父自身も複数の名跡を継いできた人物です。
このように、八代目尾上菊五郎の襲名は、単に父親の芸名を受け継いだというだけではありません。祖父の代から続く音羽屋の歴史を背負う出来事でもあります。
母親の富司純子は映画界を代表する女優母親の富司純子は、日本映画界で長く活躍してきた女優です。歌舞伎俳優の家に生まれた子どもたちにとって、父親からは歌舞伎の伝統、母親からは映画・映像の世界という、異なる芸能文化が身近にありました。
寺島しのぶ自身も女優として独自のキャリアを築き、映画『赤目四十八瀧心中未遂』『ヴァイブレータ』などで高い評価を獲得しています。2003年公開の両作品に関連して、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞しました。
一方、弟は歌舞伎役者として音羽屋の芸を継承しています。同じ芸能一家で育ちながら、姉弟はそれぞれ異なる舞台で実績を積み重ねてきました。
【姉弟関係の真相】寺島しのぶと八代目尾上菊五郎は不仲なのか?
寺島しのぶと弟の関係を調べると、「姉弟は不仲なのではないか」「歌舞伎の跡目をめぐって対立しているのではないか」という疑問が見つかります。
その背景には、歌舞伎の世界における男性中心の継承構造と、寺島しのぶ自身が幼少期に抱えていた複雑な思いがあります。
歌舞伎役者になりたかった姉と、跡継ぎとして育った弟寺島しのぶは、歌舞伎の名門に生まれながら女性であるため、歌舞伎役者として舞台に立つ道を選ぶことができませんでした。
2022年に放送されたテレビ番組で、彼女は5歳のときに弟が生まれ、周囲の関心が弟に向かったことや、男でなければ歌舞伎役者として祝福されにくい環境に複雑な気持ちを抱いたことを語っています。
弟が幼少期に初舞台を踏んだ際には、年上である自分が舞台に立てないことへの悔しさもあったと報じられています。
ただし、これは歌舞伎の家に生まれた女性としての葛藤であり、弟個人への憎しみや敵意と同一視することはできません。
本人が語った弟との関係は「仲がいい」2021年に掲載されたテレビガイドのインタビューで、寺島しのぶは家族との関係について率直に語っています。
特に弟との関係については、次のように話しています。
「弟(五代目尾上菊之助)とは仲がいいし、そういうことで仲が悪くなりたくないですからね」
また、母親から相続をめぐって揉めないようにと言われていることを、笑いを交えて紹介しています。
この発言から読み取れるのは、歌舞伎の家に生まれたことで複雑な思いを抱えていた時期があっても、姉弟関係そのものを壊したいわけではないという本人の考えです。
2017年の日刊スポーツの取材でも、寺島しのぶは結婚や出産を経て家族への見方が変わったと語っています。長男の眞秀が生まれたことで、父親や母親と一緒に過ごす時間が増え、家族間の会話も生まれるようになったと説明していました。
したがって、幼少期の葛藤と現在の姉弟関係は分けて考える必要があります。
【跡目争い報道を検証】眞秀と丑之助の襲名をめぐって何があった?
2024年5月24日、週刊女性PRIMEが「寺島しのぶの悲願を打ち砕く実弟・菊之助と甥のW襲名計画」という趣旨の記事を掲載しました。
この記事では、寺島しのぶの長男・眞秀に菊之助の名跡を継がせたいという母親の思いと、弟の尾上菊之助の長男・丑之助が次の菊之助を襲名する計画が取り上げられました。
記事では、関係者や歌舞伎関係者の証言として、眞秀と丑之助の将来をめぐる事情が紹介されています。
2024年5月の報道と公式発表を時系列で比較| 時期 | 出来事 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 2012年9月 | 眞秀誕生 | 寺島しのぶとローラン・グナシアの長男が誕生 |
| 2017年5月 | 眞秀が初お目見得 | 4歳で歌舞伎座の舞台に出演 |
| 2019年 | 丑之助が初舞台 | 六代目尾上丑之助を襲名 |
| 2023年5月2日 | 眞秀が初舞台 | 初代尾上眞秀を名乗る |
| 2024年5月24日 | 跡目争い報道 | 姉弟とそれぞれの長男をめぐる報道が掲載される |
| 2024年5月27日 | W襲名を正式発表 | 菊之助が八代目菊五郎、丑之助が六代目菊之助を襲名すると発表 |
| 2025年5月・6月 | 襲名披露公演 | 歌舞伎座で親子による襲名披露が行われる |
| 2026年11月 | 現在 | 八代目菊五郎と六代目菊之助がそれぞれの名跡で活動 |
ここで重要なのは、報道で紹介された関係者の証言と、公式に発表された襲名の事実を区別することです。
週刊女性PRIMEの記事は、寺島しのぶが息子に菊之助の名跡を継がせたいと考えていたという関係者の話を紹介しています。また、丑之助が先に菊之助を継ぐことが既定路線だったという見方や、眞秀への牽制だったのではないかという関係者の推測も掲載しました。
しかし、これらは報道に登場する関係者の証言や推測であり、寺島しのぶ本人や八代目尾上菊五郎が公式に認めた姉弟間の争いではありません。
一方、2024年5月27日の公式会見で発表されたのは、八代目尾上菊五郎と六代目尾上菊之助の襲名計画です。七代目が息子に菊五郎の名跡を継がせる意向を示し、息子がその責任を引き受けるという内容でした。
つまり、確定した事実として確認できるのは、音羽屋の親子によるW襲名であって、姉弟が公然と対立したということではありません。
なぜ眞秀ではなく丑之助が菊之助を襲名したのか歌舞伎の名跡は、一般的な家庭の財産相続とは異なります。血縁関係だけでなく、屋号の芸の継承、舞台経験、役者としての成長、興行側との調整など、複数の要素が関係します。
八代目尾上菊五郎の長男である丑之助は、2019年に六代目尾上丑之助を襲名して初舞台を踏みました。その後、2025年に六代目尾上菊之助を襲名しています。
一方、眞秀は2017年の初お目見得を経て、2023年に初代尾上眞秀として初舞台を踏みました。現在の芸名は尾上眞秀であり、菊之助を襲名したわけではありません。
この違いは、眞秀に歌舞伎役者としての可能性がないという意味ではありません。実際に眞秀も歌舞伎座の舞台を経験し、役者として歩みを進めています。
したがって、今回のW襲名を「眞秀が負けた」「寺島しのぶの夢が完全に否定された」といった単純な勝ち負けで捉えると、歌舞伎の名跡と芸の継承という本質を見失ってしまいます。
【眞秀と丑之助の関係】寺島しのぶの息子と弟の息子はどんな関係?
寺島しのぶの長男・寺嶋眞秀と、八代目尾上菊五郎の長男・尾上丑之助は、祖父母が同じいとこ同士です。
二人は同じ歌舞伎一家に生まれながら、異なる立場から舞台に立っています。
寺嶋眞秀は2023年に初代尾上眞秀として初舞台寺嶋眞秀は2012年9月11日生まれ。寺島しのぶとフランス人アートディレクターのローラン・グナシアとの間に生まれた長男です。
2017年5月、4歳のときに歌舞伎座の「團菊祭五月大歌舞伎」で初お目見得を果たしました。その後も舞台経験を重ね、2023年5月2日に初代尾上眞秀を名乗って正式に初舞台を踏んでいます。
初舞台の発表会見には、母の寺島しのぶ、父のローラン・グナシア、祖父の七代目尾上菊五郎、叔父の五代目尾上菊之助らが出席しました。
歌舞伎公式情報サイト「歌舞伎美人」でも初舞台が発表されており、眞秀が音羽屋の一員として舞台経験を積んできたことが確認できます。
尾上丑之助は2025年に六代目尾上菊之助を襲名一方、八代目尾上菊五郎の長男である尾上丑之助は、2019年に初舞台を踏みました。
その後、2024年に父親とともに襲名計画が発表され、2025年には六代目尾上菊之助となりました。
ここで整理しておきたいのが、現在の名前の違いです。
- 寺島しのぶの息子:初代尾上眞秀
- 八代目尾上菊五郎の息子:六代目尾上菊之助
二人は同じ祖父・七代目尾上菊五郎を持ついとこですが、現時点で同じ名跡を争う関係として公式に位置づけられているわけではありません。
週刊女性PRIMEの2024年の記事では、二人の仲について良好だとする関係者の証言も紹介されました。大人の事情をめぐる報道とは別に、いとこ同士の関係を単純なライバル関係に置き換える必要はありません。
【プロの結論】八代目尾上菊五郎の襲名が示す音羽屋の未来
寺島しのぶの弟である八代目尾上菊五郎の襲名は、一人の役者の名前が変わったというだけの出来事ではありません。七代目が築いた芸を次の世代に渡しながら、自らも同じ名跡を名乗り続けるという、音羽屋の新しい継承の形を示しています。
七代目と八代目が並び立つ意味通常、襲名では先代が別の名前に改める場合もあります。しかし、今回の襲名では七代目が菊五郎の名前を保持し、八代目が新たにその名跡を継ぎました。
これは、七代目が自身の役者人生を最後まで七代目菊五郎として全うしたいという希望を持っていたためです。同時に、八代目には父の芸を引き継ぐだけでなく、自分自身の菊五郎像を築くという課題が生まれています。
2025年の襲名披露で演じられた『連獅子』は、こうした親子の継承を舞台芸術として表現する演目の一つでした。
音羽屋の継承は眞秀と丑之助の世代にも続く現在の音羽屋には、八代目尾上菊五郎と六代目尾上菊之助という親子の役者がいます。また、寺島しのぶの長男・眞秀も歌舞伎の舞台で経験を積んでいます。
それぞれの立場や芸名は異なりますが、同じ家系に属する次世代の役者として、今後の成長が注目される存在です。
特に眞秀は、母親が果たせなかった歌舞伎の舞台に立っているという点でも、家族の歴史を考えるうえで象徴的な存在です。ただし、将来どの名跡を襲名するかについて、現在の時点で確定した公式発表はありません。
歌舞伎の家系ニュースを見極める3つのポイント今後、音羽屋の襲名や跡目について新しいニュースが出た場合、次の3点を確認すると情報を整理しやすくなります。
- 公式発表かどうか:松竹や歌舞伎美人、本人の公式発表で襲名が告知されているか。
- 芸名と血縁を混同していないか:親族であることと、特定の名跡を継ぐことは別の問題です。
- 関係者の推測と確定事項を区別しているか:週刊誌の関係者証言と、実際の襲名会見や公演記録は同じ証拠ではありません。
こうした視点を持つことで、刺激的な見出しだけに引きずられず、歌舞伎界の世代交代をより正確に理解できます。
【寺島しのぶの弟】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:寺島しのぶの弟の現在の名前は何ですか?
A1:現在の名前は八代目尾上菊五郎です。以前は五代目尾上菊之助として活動しており、2025年5月に襲名しました。
Q2:八代目尾上菊五郎の父親と母親は誰ですか?
A2:父親は歌舞伎俳優の七代目尾上菊五郎、母親は女優の富司純子です。姉は女優の寺島しのぶで、八代目尾上菊五郎は二人の長男です。
Q3:寺島しのぶの息子・眞秀と尾上丑之助はどんな関係ですか?
A3:二人はいとこ同士です。眞秀は2023年に初代尾上眞秀として初舞台を踏み、丑之助は2025年に六代目尾上菊之助を襲名しました。
寺島しのぶの弟は、2025年に八代目尾上菊五郎を襲名した歌舞伎俳優です。五代目尾上菊之助として長年活躍し、1984年の初舞台から約40年をかけて音羽屋の大名跡を受け継ぎました。
父は七代目尾上菊五郎、母は富司純子。姉の寺島しのぶは女優として独自のキャリアを築き、弟は歌舞伎の世界で伝統を継承しています。
2024年には、寺島しのぶの長男・眞秀と弟の長男・丑之助をめぐる跡目争い報道がありました。しかし、公式に確認できるのは、2025年に八代目菊五郎と六代目菊之助の親子襲名が実現したという事実です。姉弟間の対立が公に認められたわけではありません。
2026年現在、八代目尾上菊五郎は歌舞伎座などで舞台に立ち、七代目から受け継いだ芸を次の世代につないでいます。眞秀と六代目菊之助という二人の若い役者の成長も含め、音羽屋のこれからには引き続き注目が集まりそうです。
寺島しのぶの弟をめぐる話題を理解する鍵は、単なる芸能ニュースとしてではなく、歌舞伎の名跡、家族の歴史、そして世代を超えた芸の継承という視点から捉えることにあります。
主な情報根拠
- 松竹・歌舞伎美人の2025年襲名披露発表
- 七代目尾上菊五郎公式プロフィール・公演スケジュール
- 文化庁「日本博」の尾上菊之助プロフィール
- テレビガイドWeb掲載の寺島しのぶインタビュー
- 週刊女性PRIMEの2024年5月24日付報道
- 松竹・歌舞伎美人の初代尾上眞秀初舞台発表