小倉一郎さんは、1951年10月29日生まれ。2026年11月6日現在、75歳です。東京都生まれで、幼少期を鹿児島県の下甑島で過ごしました。
現在の芸名は「小倉蒼蛙」。俳優としての活動を続けながら、俳句結社「あおがえる」を主宰する俳人としても活動しています。
2026年の活動を確認すると、俳優業から完全に引退したわけではありません。11月20日公開予定の時代劇映画『禁闕の変』では、二条持基役として出演者に名を連ねています。
また、2026年9月に開催された第31回夢二忌俳句大会では選者を担当。自身が主宰する「あおがえる」でも定期的に句会を開催しています。公式サイトには2026年12月6日の句会予定も掲載されています。
俳句の分野では、2025年3月に19年ぶりとなる第4句集『優しさの手紙』を刊行。過去に詠んだ作品から410句を自選した作品集です。
このように、現在の小倉さんは、俳優と俳人という2つの活動を軸にしています。テレビ出演だけで近況を判断するのではなく、映画出演や俳句結社の活動にも目を向けると、現在の姿がよく分かります。
【改名の理由】小倉一郎から小倉蒼蛙へ!俳号に込めた思い

小倉一郎さんが「小倉蒼蛙」に改名したのは2023年です。
この改名は、単なる芸名変更や芸能活動の方向転換ではありません。ステージ4の肺がんを含む大病を経験し、治療によって病変が消失したことをきっかけに、新たな人生を歩む決意を込めたものでした。
俳号「蒼蛙」はどのように生まれた?「蒼蛙」は「そうあ」と読みます。
実は、この名前は突然思いついたものではありません。小倉さんが俳句の世界で使用してきた俳号です。テレビ朝日系『徹子の部屋』で紹介された経歴によると、脚本家の早坂暁さんから付けてもらった名前でした。
小倉さんが俳句を始めたのは1997年ごろ。俳優としての仕事を続ける一方で、次第に俳句への関心を深めていきました。
俳句を始めたきっかけは、舞台出演時の出来事です。楽屋から聞こえてきた女優たちの笑い声を題材に一句を作り、周囲から褒められたことが俳句の世界へ入るきっかけになったと、テレビ朝日のインタビューで振り返っています。
がんからの回復が改名の決め手に2025年12月17日の『徹子の部屋』では、改名の理由を改めて説明しました。
がんが消え、生まれ変わったような気分になったことから、俳句の名前を芸名にしたという趣旨を語っています。
闘病中も俳句を続けていた小倉さん。点滴を受けている間にも句を考えていたといいます。
病気によって人生の残り時間を強く意識したことが、俳句への向き合い方や芸名に対する考え方にも影響したのでしょう。
つまり、小倉蒼蛙という名前には、長年続けてきた俳句と、病気を乗り越えて得た新しい人生への思いが重なっています。
【肺がんステージ4】小倉一郎の闘病生活と回復までの経緯
小倉蒼蛙さんの人生に大きな影響を与えたのが、2022年に発覚したステージ4の肺がんです。
当時71歳だった小倉さんは、両肺にがんが見つかっただけでなく、精密検査によって脳や骨などにも病変が確認されました。
最初に医師から伝えられたのは、余命1〜2年という厳しい見通しでした。
がんが見つかったきっかけは足首の骨折発覚のきっかけは、2021年12月のドラマ撮影中に起きた右足首の骨折でした。
小倉さんはテレビ東京系ドラマ『さすらい署長 風間昭平』の撮影中、福島県で転倒して足首を骨折。応急処置を受けながら撮影を続け、帰京後に整形外科へ通院していました。
ところが、通院を続けるうちに背中の右側にも痛みが出始めます。湿布を貼っても改善せず、2022年3月ごろに詳しい検査を受けたところ、両肺のがんが判明しました。
最初の病院では厳しい診断を受けましたが、娘さんの勧めでがん専門病院を受診したことが、その後の治療につながりました。
小倉蒼蛙のがん発覚から回復までの年表2025年の報道では、小倉さんのがんは「6つ」と紹介されています。
これは6種類の独立したがんという意味ではなく、両肺のほか、脳やリンパ節、胸骨、肋骨などに確認された病変を指しています。
特に両肺はステージ4と診断され、脳や骨にも転移が確認されていました。
一時は厳しい状況に追い込まれましたが、専門病院で治療を受けたことで状況が変わります。
この治療経過については、本人が2023年に日刊ゲンダイの闘病インタビューや婦人公論.jpの手記で詳しく語っています。
【徹子の部屋2025】小倉蒼蛙が語った6つのがん克服の真相
小倉蒼蛙さんの闘病について、特に大きな反響を呼んだのが、2025年12月17日放送の『徹子の部屋』です。
番組では、ステージ4の肺がんを含む6カ所の病変がどのように消失したのか、本人が具体的な治療内容を説明しました。
放射線治療と抗がん剤治療が回復につながった小倉さんの説明によると、脳や骨のがんには放射線治療を行い、両肺のがんには抗がん剤治療を実施しました。
特に脳については、右脳の病変に対して「サイバーナイフ」と呼ばれる放射線治療を受けたと説明しています。
放射線治療によって骨と脳の病変が消え、抗がん剤治療によって両肺の病変も消失したというのが、本人が番組で語った経過です。
治療中の副作用もほとんどなかったと振り返っています。
2025年12月時点の健康状態は?注目したいのは、がんが消えたという報告だけではありません。番組では、その後の経過観察や治療についても明らかにされました。
テレ朝POSTとMANTANWEBの放送内容によると、小倉さんは当時、4カ月に1度の検査を受けており、直近の検査では転移が認められなかったと報告されています。
一方、再発の可能性を考慮して、毎月の抗がん剤治療も継続していると説明しました。
つまり、本人が語った「がんが消えた」という回復の報告と、医学的な意味で治療や経過観察がすべて終了した状態とは区別する必要があります。
2026年11月現在の新たな検査結果については、広く確認できる最新の公表情報が見当たらないため、2025年12月の番組で明らかになった状態を最新の具体的な治療情報として捉えるのが適切です。
闘病中に支えとなった俳句と家族小倉さんにとって、闘病中の心の支えになったのが俳句でした。
点滴を受けている時間にも俳句を考え、病気と向き合う日々の中で創作を続けていたといいます。
また、がんが判明したときには4人の子どもたちに状況を伝え、専門病院での診察にもつながりました。
2023年には闘病経験をまとめた著書『がん「ステージ4」から生まれ変わって~いのちの歳時記』を双葉社から出版。病気の発見から治療、心境の変化までを自身の言葉で記しています。
この本は、単なる闘病記ではありません。俳人としての感性と、俳優として長年仕事を続けてきた人生観が反映された一冊です。
【妻・小倉まきと家族】4度目の結婚、子供4人と孫5人
小倉一郎さんの私生活で知られているのが、2017年に結婚した妻のまきさんとの関係です。
この結婚は小倉さんにとって4度目。40年ほど前に結婚を約束していた女性と再会し、再び人生を共にすることになったという経緯があります。
妻のまきさんとは40年越しの再会だった小倉さんとまきさんが初めて出会ったのは若い頃でした。当時は結婚を約束するほど親しい関係でしたが、さまざまな事情から別々の道を歩むことになります。
その後、小倉さんは3度の結婚と離婚を経験。まきさんも別の結婚生活を送っていました。
再び連絡を取るきっかけとなったのは、2016年ごろのFacebookを通じた交流です。約40年ぶりに再会し、交際を再開。2017年2月に結婚しました。
テレビ朝日のインタビューでは、まきさんが小倉さんの以前の妻や子どもたちとも交流していたことが紹介されています。
2人の関係については、2017年の結婚発表や2018年の披露宴、2020年の『徹子の部屋』出演などでも取り上げられてきました。
子供は4人、孫は5人小倉さんには、2度目の結婚で生まれた4人の子どもがいます。内訳は1男3女と報じられています。
また、孫は5人。以前のインタビューでは、孫の入学式に出席したり、ランドセルを贈ったりする祖父としての生活についても話していました。
2025年12月の『徹子の部屋』でも、子どもたちや孫との関係、家族旅行などが紹介されました。
がんが判明した際にも子どもたちが専門病院を探すなど、家族の支えが治療への道を開く一助となりました。
なお、子どもたちは一般人として生活しており、職業や現在の詳しい生活などは公表情報が限られています。
【代表作と芸能界デビュー】小倉一郎の俳優人生65年以上
小倉一郎さんの俳優としてのキャリアは、子役時代までさかのぼります。
1951年生まれの小倉さんは、9歳ごろから映画のエキストラとして撮影現場に通い始めました。その後、東映児童演劇研修所を経て、1964年、13歳のときに石原裕次郎さん主演の日活映画『敗れざるもの』で本格的に映画デビューします。
子役から青年俳優、そして名脇役へ。半世紀以上にわたって日本の映画・テレビドラマを支えてきた人物です。
小倉一郎の代表作| 作品 | 分野 | 特徴 |
|---|---|---|
| 敗れざるもの | 映画 | 13歳で本格的な映画デビュー |
| 股旅 | 映画 | 市川崑監督作品 |
| 仁義なき戦い 頂上作戦 | 映画 | 日本映画史に残るシリーズ作品 |
| それぞれの秋 | テレビドラマ | 青春・家族ドラマで存在感を発揮 |
| 俺たちの朝 | テレビドラマ | 青春ドラマを代表する出演作 |
| 花へんろ | テレビドラマ | 長年の俳優経験を生かした出演作 |
中でも『俺たちの朝』は、小倉一郎さんの名前を語るうえで欠かせない作品です。
1970年代の青春ドラマで活躍した小倉さんは、繊細で気弱な人物や、どこか人間味のある青年役を得意としてきました。
派手な主演スターとは異なる立ち位置ながら、物語の中に自然に溶け込み、視聴者の記憶に残る演技を積み重ねてきたのが特徴です。
婦人公論.jpのプロフィールでは、映画『仁義なき戦い 頂上作戦』やドラマ『それぞれの秋』『花へんろ』なども代表作として紹介されています。
俳優だけではない!俳句結社「あおがえる」の主宰者小倉さんは1997年ごろから俳句を始め、2022年には俳句結社「あおがえる」をスタートさせました。
結社では主宰として句会を開き、俳句を通じた交流や作品発表に取り組んでいます。
2025年3月に刊行した『優しさの手紙』は、第4句集にあたる作品です。2005年から2024年までに詠んだ作品から410句を選び、まとめています。
さらに2026年には第31回夢二忌俳句大会の選者を務めました。俳句の世界でも継続的に活動していることが分かります。
俳優として培ってきた人間観察力や、長い人生経験が、俳句という表現にもつながっているのでしょう。
【プロの結論】小倉一郎の現在を理解する3つのポイント
小倉一郎さんの現在を理解するうえで、押さえておきたい要点は3つあります。
1つ目は、芸名が変わっても俳優としての活動を続けていること。
小倉蒼蛙という名前は俳人としての活動だけを意味するものではありません。2026年11月20日公開予定の『禁闕の変』にも出演しており、俳優としてのキャリアは続いています。
2つ目は、がんを克服したという報告と、治療終了は同じではないこと。
2025年の『徹子の部屋』では、6カ所の病変が消え、検査でも転移が認められなかったと説明しています。しかし、再発予防のための治療も続けていると語っています。単純に「完全に治療が終わった」と解釈するのは正確ではありません。
3つ目は、俳句が現在の人生を支える重要な活動になっていること。
病気を経験した後も句集を出版し、俳句結社を主宰し、大会の選者も務めています。俳優としての仕事と並行して、創作や後進との交流を続けている点に、現在の小倉蒼蛙さんらしさがあります。
また、インターネット上で近況を調べる際には、次のような違いを意識すると情報を整理しやすくなります。
- 「小倉一郎」と「小倉蒼蛙」は別人ではなく、同一人物の旧芸名と現在の芸名。
- 「6つのがん」は6種類の独立したがんではなく、複数の部位に見つかった病変を指す。
- 「がんが消えた」という本人の報告は、経過観察や治療が不要になったという意味ではない。
- テレビ出演が少ないことだけを理由に、芸能界を引退したと判断することはできない。
こうした点を踏まえると、2026年の小倉さんは、病気を経験した後も自分の表現活動を続ける俳優・俳人として捉えるのが自然です。
【小倉一郎の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:小倉一郎さんは現在何歳ですか?
1951年10月29日生まれで、2026年11月6日現在75歳です。
Q2:小倉一郎さんはなぜ小倉蒼蛙に改名したのですか?
2023年、ステージ4のがんから回復したことをきっかけに、生まれ変わったような気持ちで、以前から使用していた俳号「蒼蛙(そうあ)」を芸名にしたと説明しています。
Q3:小倉一郎さんの肺がんは完治したのですか?
2025年12月の『徹子の部屋』では、放射線治療と抗がん剤治療によって6カ所の病変が消失し、直近の検査でも転移が認められなかったと語っています。ただし、再発予防のための抗がん剤治療は継続していると説明しています。
Q4:小倉一郎さんの現在の妻は誰ですか?
2017年に結婚した、まきさんです。若い頃に交際していた相手で、約40年ぶりの再会を経て結婚しました。小倉さんにとって4度目の結婚です。
Q5:小倉一郎さんには子供や孫が何人いますか?
報道では子どもは4人、孫は5人と紹介されています。4人の子どもは2度目の結婚で生まれた1男3女です。
Q6:小倉蒼蛙さんは現在も俳優を続けていますか?
はい。俳優活動を続けています。2026年11月20日公開予定の映画『禁闕の変』では二条持基役を演じています。また、俳句結社「あおがえる」の主宰としても活動しています。
小倉一郎さんは、2026年11月現在75歳。2023年に小倉蒼蛙へ改名した後も、俳優としての仕事と俳人としての活動を続けています。
2022年にはステージ4の肺がんと複数部位への転移が判明し、余命1〜2年と告げられました。しかし、専門病院での治療を受け、放射線治療と抗がん剤治療によって病変が消失。2025年の『徹子の部屋』では、その後の経過観察や継続治療についても語りました。
現在の活動では、2025年刊行の句集『優しさの手紙』や、2026年の夢二忌俳句大会での選者活動が注目されます。さらに映画『禁闕の変』への出演も控えています。
小倉さんの人生を振り返ると、子役時代からの長い俳優人生、家族との関係、俳句との出会い、そして大病からの回復が一つにつながっています。
「小倉一郎の現在」を知るうえで大切なのは、単に病気を克服した俳優という一面だけを見るのではなく、75歳になった今も自分の表現を追求し続ける小倉蒼蛙という人物の姿です。
俳優として、俳人として、これからどのような作品や言葉を届けてくれるのか。今後の活動にも注目が集まります。