箱根駅伝の5区で圧倒的な走りを見せ、「2代目・山の神」と呼ばれた柏原竜二さん。東洋大学時代に4年連続で区間賞を獲得した伝説的なランナーは、2026年現在、どのような仕事をしているのでしょうか。
大きな転機となったのが、2026年3月24日に本人が発表した富士通からの退社です。3月31日付で約14年間在籍した会社を離れ、4月からは企業に所属しない形で活動することを明らかにしました。一方、文化放送の番組ナビゲーターとしては2026年11月現在も活動が確認できます。妻・八木菜緒さんとの結婚生活や2人の子ども、現役引退後のキャリアも含め、柏原さんの現在を整理します。
【2026年11月現在】柏原竜二の現在の仕事は?富士通退社後もナビゲーターとして活動

2026年11月現在、柏原竜二さんは富士通を退社し、企業に所属しない立場で活動しています。ただし、スポーツ界やメディアから離れたわけではありません。
現在の活動を知るうえで重要なのが、文化放送のラジオ番組『箱根駅伝への道』です。柏原さんは東洋大学OBとして、同番組のナビゲーターを担当しています。
文化放送『箱根駅伝への道』のナビゲーターを継続文化放送が2026年11月3日に公開した放送スケジュールでは、柏原さんが引き続き番組のナビゲーターとして紹介されています。
番組は火曜日から金曜日まで放送される「文化放送スポーツストリーム」内で展開され、18時10分ごろから大学駅伝に関する情報を届けています。
2026年11月3日から6日の放送予定には、全日本大学駅伝の振り返りや各大学の監督へのインタビュー、國學院大學OBの平林清澄選手への特別インタビューなどが組まれています。
加えて、文化放送が2026年10月に公開した番組記事でも、柏原さんは8年目となるシーズンのナビゲーターとして紹介されていました。富士通を退社した後も、駅伝に関する情報発信を続けていることが分かります。
スポーツ解説者・イベント出演・講演活動も柏原さんの仕事はラジオだけではありません。
2025年12月のNumber Webのインタビューでは、駅伝シーズン中の活動について、文化放送のラジオ番組に加え、大学への取材、講演、週末のランニングイベントへの参加、年明けの駅伝実況解説などを挙げています。
つまり、現役時代の経験を生かし、競技を伝える仕事やスポーツの魅力を広める仕事にも取り組んできました。
2026年3月の退社発表でも、本人はイベントへの参加を引き続き行うと説明しています。
現在の活動を整理すると、次のようになります。
- 文化放送『箱根駅伝への道』のナビゲーター
- 箱根駅伝などのスポーツ解説・情報発信
- 陸上競技関連のイベント出演
- 講演活動やランニングイベントへの参加
一つの企業の社員という立場から、複数の仕事を組み合わせる活動形態へ移ったことが、2026年の大きな変化です。
【富士通退社の経緯】2012年入社から2026年3月末までのキャリアを時系列で整理
柏原竜二さんの富士通退社は、突然競技生活を終えたという話ではありません。2017年に陸上選手としての現役生活を終え、その後も富士通の社員としてスポーツ関連業務や広報活動などに携わってきました。
2026年3月24日に本人が退社を発表日刊スポーツやスポニチなどの報道によると、柏原さんは2026年3月24日、自身のXで富士通を退社することを発表しました。
退職日は同年3月31日。2012年の入社から約14年間にわたって在籍した会社を離れる決断でした。
本人は退社の理由について、長年勤めた会社を離れることへの不安と、いつかは独立したいという思いの両方があったと説明しています。
「この度、柏原は3月31日をもって富士通株式会社を退職することになりました」
また、4月以降の働き方については、次のように説明しました。
「4月から企業に属さずフリーランス?(イベントごとは引き続き行います)」
加えて、今後の活動については、まだ具体的に決まっていない部分があることを明かし、少し休みながら自分のペースで頑張っていく意向を示しています。
柏原竜二の経歴と人生の転換点現役時代から2026年の独立まで、主な出来事を時系列でまとめました。
| 時期 | 出来事・所属 | 主な実績・変化 |
|---|---|---|
| 1989年7月 | 福島県いわき市で誕生 | 陸上競技を始め、長距離走で才能を伸ばす |
| 2009~2012年 | 東洋大学 | 箱根駅伝5区で4年連続区間賞、3度の区間記録更新 |
| 2012年 | 富士通に入社 | 実業団選手として競技を継続 |
| 2017年4月 | 陸上競技を引退 | 競技生活に区切りをつけ、社業へ |
| 2017年以降 | 富士通フロンティアーズなど | アメリカンフットボール部のマネージャーや広報活動を経験 |
| 2019年4月 | 八木菜緒さんと結婚 | 文化放送の番組が2人の出会いのきっかけ |
| 2020年12月 | 第1子誕生 | 長女の父親となる |
| 2022年11月 | 第2子誕生 | 次女が誕生し、2児の父親となる |
| 2026年3月24日 | 富士通退社を発表 | 3月31日付で退職、企業に所属しない活動へ |
| 2026年11月 | 独立後の活動 | 文化放送『箱根駅伝への道』のナビゲーターを継続 |
注目したいのは、退社発表で柏原さんが示した率直な心境です。
長年勤めた企業を離れる不安がある一方で、いつかは新しい働き方に挑戦したいという気持ちも持っていたといいます。今回の退社は、そうした両方の思いが重なったタイミングでの決断でした。
なお、本人は東洋大学の監督に就任するという見方についても否定しています。恩師の酒井俊幸監督を応援していくという趣旨の発言をしており、退社と母校の監督就任を結び付けるのは正確ではありません。
また、退社は競技者としての引退とは別の出来事です。陸上選手としての現役引退は2017年、富士通の退社は2026年。この2つを混同しないことが大切です。
【箱根駅伝5区】柏原竜二が「山の神」と呼ばれた理由と東洋大学時代の伝説
柏原竜二さんの名前を語るうえで欠かせないのが、東洋大学時代の箱根駅伝です。
福島県立いわき総合高校から東洋大学経済学部に進学した柏原さんは、大学1年生から箱根駅伝に出場。山登りの5区で驚異的な走りを見せ、全国的な注目を集めました。
2009年の初出場で東洋大学を初の総合優勝へ導く2009年1月2日、第85回箱根駅伝。1年生だった柏原さんは、往路5区でトップから4分58秒遅れの9位でたすきを受け取りました。
当時の5区は、標高差のある箱根の山を駆け上がる過酷な区間です。柏原さんは前を行く選手を次々と追い抜き、東洋大学を初の往路優勝、そして初の総合優勝へと導きました。
この走りをきっかけに、「山の神」という呼び名が定着。初代・山の神と呼ばれた今井正人さんに続く存在として、「2代目・山の神」「新・山の神」と称されるようになりました。
4年連続区間賞、3度の区間記録更新という偉業柏原さんの実績が特別なのは、1年目だけの一発の快走ではなかったことです。
第85回から第88回まで、4年間連続で5区を担当し、すべて区間賞を獲得しました。箱根駅伝公式サイトに掲載されている過去の記録でも、次の成績が確認できます。
- 第85回(2009年):1時間17分18秒
- 第86回(2010年):1時間17分08秒
- 第87回(2011年):1時間17分53秒
- 第88回(2012年):1時間16分39秒
特に2010年は、自身の前年の記録を10秒更新。2012年にも区間記録を更新し、4年間で合計3度の区間記録更新を成し遂げています。
チームとしても、柏原さんの在学中に3度の総合優勝を達成しました。個人の記録だけでなく、東洋大学の駅伝強豪校としての地位を築くうえでも大きな役割を果たした選手です。
山登りだけではない日本代表としての実績柏原さんは箱根駅伝だけの選手ではありません。
大学時代には世界ジュニア陸上競技選手権大会の10000mで7位、ユニバーシアードの10000mで8位に入るなど、トラック競技でも日本代表として活躍しました。
箱根駅伝の5区で見せた強さは、単に山登りが得意だったというだけではなく、長距離選手としての高い能力に裏打ちされたものでした。
東洋大学の公式インタビューでは、柏原さん自身が大学入学時から5区を走りたいと希望していたことも語っています。本人の明確な目標と、4年間にわたる継続的な努力が「山の神」という評価につながったのです。
【妻・八木菜緒との結婚】馴れ初めは文化放送のラジオ番組!子どもは何人?
柏原竜二さんの家族についても関心が集まっています。妻は、アナウンサーの八木菜緒さんです。
2人は2019年4月16日に結婚を発表しました。八木さんは当時BS11に所属するアナウンサーで、アニメやポップカルチャーにも詳しいことで知られていました。
2人の出会いは『岩本勉のまいどスポーツ』2人が知り合ったきっかけは、文化放送のスポーツ番組『岩本勉のまいどスポーツ』です。
八木さんは2015年4月から2018年3月まで同番組のアシスタントを担当していました。一方、柏原さんは箱根駅伝の解説などで文化放送に出演しており、番組を通じて交流が生まれました。
2017年6月5日の放送回で初めて共演し、その後、2018年10月ごろから交際を開始したと報じられています。
2019年4月22日には、2人そろって文化放送の同番組に出演。結婚後初めての夫婦共演となり、出会いのきっかけとなった番組で結婚を報告しました。
オリコンニュースによると、八木さんは柏原さんについて、優しく、家族や友人にも親切に接してくれるところに惹かれたと話しています。
また、プロポーズは柏原さんがソファの上で正座し、3~4分ほど思いを伝えた後に結婚を申し込むというものだったそうです。
子どもは2人!2020年と2022年に女の子が誕生柏原さんと八木さんの間には、2人の娘がいます。
- 第1子:2020年12月31日生まれの女の子
- 第2子:2022年11月26日生まれの女の子
第1子の誕生については、柏原さん自身が2021年1月1日に報告しました。年末の2020年12月31日に長女が生まれたことを明かし、父親としての新しい生活への思いをつづっています。
第2子については、2022年9月に八木さんが妊娠を公表。同年11月26日に女児を出産したことを報告しました。
これにより、柏原さんは2児の父親となっています。
結婚式は2022年9月に実施2人は2019年4月に入籍しましたが、結婚式はすぐには行えませんでした。
2022年9月、八木さんは自身のSNSで、延期を重ねていた結婚式をようやく実施できたことを報告しています。当時は第2子の出産も近づいており、長女とお腹の赤ちゃんとともに迎えた特別な式となりました。
結婚から時間が経っても夫婦で支え合いながら生活していることが、当時の報告からもうかがえます。
なお、子どもたちの学校や日常生活など、家族の詳しいプライベート情報は広く公表されていません。2人の娘がいることは確認できますが、家族の生活を過度に推測する必要はありません。
【引退後の生活と今後】陸上選手からスポーツを支える立場へ
柏原さんのキャリアで興味深いのは、2017年の現役引退後、すぐに陸上競技との関係を断ち切ったわけではないことです。
競技者として走る立場から、スポーツを運営し、支え、伝える立場へと仕事の幅を広げてきました。
2017年に富士通で現役引退、アメフト部のマネージャーに転身柏原さんは2012年に富士通へ入社し、陸上競技部で競技を続けました。しかし、故障などに悩まされ、2017年4月に現役引退を発表します。
その後、同年4月から富士通のアメリカンフットボールチーム「富士通フロンティアーズ」のマネージャーを担当しました。
陸上競技とは異なるスポーツの現場に入り、チーム運営を支える仕事を経験したことは、その後の活動にもつながる転換点でした。
選手として結果を残すことだけがスポーツへの関わり方ではない。競技を支える側にも重要な役割があることを、柏原さん自身が経験してきたのです。
ラジオやイベントで培った伝える力文化放送では、箱根駅伝の解説や『箱根駅伝への道』のナビゲーターを担当してきました。
2025年のNumber Webのインタビューでは、駅伝シーズン中は週4回のラジオ番組に加えて、大学取材、講演、ランニングイベントへの参加などを行っていると説明しています。
競技経験者だからこそ、選手が置かれている状況や、レース中の判断、チーム内の事情を具体的に伝えられることが強みです。
単に過去の記録を解説するだけではなく、現役選手の努力や苦労を視聴者に届ける役割を担っています。
東洋大学の監督になる可能性は?富士通退社の発表後、インターネット上では母校・東洋大学の監督に就任するのではないかという見方も出ました。
しかし、柏原さん本人は2026年3月の退社発表で、そうした予想を否定しています。
恩師である酒井俊幸監督を応援していくという趣旨を示し、退社を監督就任と結び付ける憶測に対しても注意を促しました。
したがって、2026年11月時点で柏原さんが東洋大学の監督に就任したという事実はありません。
【プロの結論】柏原竜二のキャリアは「引退」ではなく「役割の変化」柏原さんの経歴を振り返ると、3つの段階に分けて理解できます。
- 第1段階:東洋大学と富士通で陸上競技選手として活動。
- 第2段階:現役引退後、企業スポーツの運営や広報、ラジオ解説などに従事。
- 第3段階:2026年の富士通退社を経て、企業に所属しない立場で活動。
ここで重要なのは、2026年の退社を単純な仕事の終了と捉えないことです。
箱根駅伝で得た知識や経験、スポーツチームの運営に携わった経験、メディアで情報を伝えてきた実績は、企業を離れても本人の専門性として残ります。
特に駅伝の解説や大学への取材は、現役時代に競技の最前線を経験した柏原さんだからこそ発揮できる仕事です。
今後の肩書きや活動の範囲は変わる可能性がありますが、少なくとも2026年11月時点では、文化放送の番組を通じて駅伝界とのつながりを保っています。
柏原竜二の現在に関するよくある質問(FAQ)
Q1:柏原竜二は2026年現在、何をしている?
A1:2026年3月31日付で富士通を退社し、企業に所属しない立場で活動しています。11月現在も文化放送『箱根駅伝への道』のナビゲーターを務めており、スポーツ解説やイベント、講演などの活動にも携わっています。
Q2:柏原竜二が富士通を退社した理由は?
A2:本人は2026年3月24日の発表で、長年勤めた会社を離れる不安と、いつかは新しい働き方をしたいという思いの両方があったと説明しています。退社後は少し休みながら自分のペースで活動する意向を示しました。
Q3:柏原竜二の妻は誰?
A3:妻は元BS11アナウンサーの八木菜緒さんです。文化放送の『岩本勉のまいどスポーツ』が出会いのきっかけとなり、2019年4月16日に結婚を発表しました。
Q4:柏原竜二に子どもは何人いる?
A4:子どもは2人です。2020年12月31日に長女、2022年11月26日に次女が誕生しています。
Q5:柏原竜二は東洋大学の監督になる?
A5:2026年3月の富士通退社発表時、本人は母校の監督就任という見方を否定しています。現在の監督就任を示す公式発表もありません。
Q6:柏原竜二はなぜ「山の神」と呼ばれた?
A6:東洋大学時代、箱根駅伝の山登り5区で4年連続区間賞を獲得し、3度区間記録を更新する圧倒的な走りを見せたためです。「2代目・山の神」「新・山の神」と呼ばれました。
柏原竜二さんは2026年3月末に富士通を退社し、企業に所属しない新しい働き方へと移りました。しかし、箱根駅伝や陸上競技との関係がなくなったわけではありません。
2026年11月現在も文化放送『箱根駅伝への道』のナビゲーターを担当し、スポーツを伝える仕事を続けています。
現役時代は東洋大学のエースとして箱根駅伝5区を4年連続で制し、3度の区間記録更新という実績を残しました。2017年の現役引退後は富士通で企業スポーツに携わり、ラジオ解説やイベント、講演などにも活動の幅を広げてきました。
プライベートでは八木菜緒さんと結婚し、2人の娘を育てる父親でもあります。
2026年の富士通退社は、柏原さんにとって新しいキャリアの出発点です。今後どのような仕事に挑戦するのか、そして駅伝界にどのような形で関わっていくのか。かつて箱根の山を駆け上がった「山の神」の次の一歩にも注目が集まります。
編集上の重要な最新確認資料: 2026年11月の文化放送公式番組情報、2026年3月の富士通退社報道、箱根駅伝公式記録、東洋大学公式インタビュー、文化放送の結婚報道、2022年の家族に関する報道、Number Webの2025年インタビューを照合しています。